浅草東宝鑑賞読本
 かつて浅草に浅草東宝という映画館がありました。
 開館は1964年ということなので、浅草六区にある映画館としてはかなり新しい、つかだいぶ後の方に出来た映画館ってことになりますか。
 浅草六区が寂れた後も独自のプログラムを組んで何とか生き残っていたのですが、残念ながら2006年に閉館してしまいました。

 アタシは2001年の秋から2003年末まで東京に在住しており、あくまでこの期間に限るのですが、何度も浅草東宝のオールナイト上映に足を運びました。
 初めて浅草東宝に行ったのは1990年代前半だったと思いますが、アタシが本当に通った期間などわずか2年もない。何十年にもわたって毎週のように浅草東宝に通った人に比べるとぜんぜん行ってない部類になると思います。
 それでもここは印象深い。たぶん数多くある、そしてアタシが行ったことのある名画座の中でもインパクトはトップといっていいと思う。
 他の名画座はね、こう言ってはナンだけど、作りが<チャチ>いんです。いや劇場のチャチさと上映されるプログラムの良し悪しは何の関係もないんだけど、どうせなら「懐かしの映画を観ている」ってな感覚ではなく、さも「今、リアルタイムで、こうした映画を観ている」みたいな錯覚をさせて欲しい。
 そんな錯覚をさせてくれる数少ない劇場が浅草東宝だったんです。

 浅草東宝では毎週土曜日にオールナイト上映を開催していました。
 だいたい5本立て。プログラムによっては4本立ての時もあったけど、夜の21時くらいから始発が動き出すか動き出さないかくらいの5時前まで、古い邦画を連続で上映する。
 5本も連続で古い映画を観せられて疲れないかって?いやいや、意外と大丈夫だったりする。ま、アタシもまだ若かったってのもあるけど、そういう気構えで行くとね、疲れを感じるまではいかないんです。
 もちろん「これは絶対に観ておきたい」と思える作品が含まれている時にしか行かないし、プログラムもそーゆーことを十分に理解した、この作品が観たいのなら他の4本も楽しめるだろ、みたいな作品で組んでくれてましたから。

 浅草東宝に行く時は、ほぼひとりで行ってました。誰もつきあってくれない、というのももちろんありますが、こういう「古い邦画」を観に行く時はひとりの方が圧倒的に気楽でいいのです。
 だいたい上映開始が21時すぎなんで、20時半くらいに浅草に着くようにします。半分閉まりかけの新仲見世を通って、途中のコンビニでドリンク類(酒は眠くなるので買わない)やお菓子を購入し、さらに劇場近くの松屋でメシを買っていきます。
 堂々たるつくりの劇場は、ありし日の東宝、いや日本映画全盛時への想像をかきたてられます。エスカレーターを昇っていく途中、後ろをふりむくと、「明るく楽しい東宝映画」の文字が。もうこれだけで相当の満足度が手中に入るのです。
 この「エスカレーターで昇っていく」という感覚が何物にも代え難い。思い起こせばアタシの幼少時代、神戸の三宮の阪急会館っていう素晴らしい劇場があってね、そこもずーっとエレベーターを昇っていってたんですよね。

 中に入ると、まずは席を決めます。当たり前ですが。
 アタシの記憶では満員になることはなかったと思います。もちろん浅草東宝全盛期っつーかオールナイト上映全盛期の1980年代には満席になることもあったんだろうけど、1990年代〜2006年でいえば一度もなかった。
かといってガラガラというわけでもなくて、6分入りくらいの時が多かったはずです。
 ま、6分入り程度なら、んで少々早めに劇場に着けば、ほぼ好きな席を選べます。
 って書いてて思ったんだけど、いわゆるシネコンしか知らない人には座席指定が当たり前なんでしょうかね。
しかしここはもちろん座席は自由です。どこの席に座ってもよろしい。

 アタシの好みは、ま、これは浅草東宝に限らず、それこそシネコンとかでも同じなんだけど、席はやや前寄り、中央がベストです。前寄りを嫌がる人は多いけど(どうしてもスクリーンを見上げる感じになっちゃうし)、それでも何故かアタシの場合は前寄りの方が落ち着くんです。
 ま、中央ってのはそこまでこだわってるわけでもなくて、通路側であるか否かを優先させます。とくに5本立ての長丁場になると、いつでも気兼ねなくトイレに行けるってのは重要だからね。
 余談だけど、アタシは飛行機とかでも通路側を優先する。窓側も最初はいいんだけど、どうも不自由な感じがするし、ましてや隣が外国人だったりしたら、さらにいえば英語さえ通じなさそうな外国人に「トイレに行きたい」という意思を示すだけでも面倒だから。

 それはさておき。
 まず1本目鑑賞。2本目が始まるまでの間に、さきほど松屋で買っておいた弁当を食します。
 当時何食ってたかなぁ。ま、1990年代以降、松屋に行ってとくに食いたいものがないって場合、たいてい牛焼肉定食だったから、たぶんそーゆーのだったんだろうね。
 1本目と2本目の休憩時間はたしか10分ほどあったと思うから、その間に充分食べ終われますが、万が一残ったら2本目を観ながら・・・になります。
 2本目~3本目、3本目~4本目の休憩はタバコタイムにあてます。もちろんトイレも忘れずに。
 つかこの頃はまだ劇場内に喫煙スペースが当たり前のようにあったんだなぁ。さすがに上映中に座席で喫煙、なんて時代は知らないけど(大阪の新世界にある小汚い映画館はみんな勝手に吸ってたけど)、この頃は喫煙スペースのない劇場が増えてますからね。その点、現存する新文芸坐はちゃんと喫煙ルームを設けてくれているのがありがたい。
 いろんな風潮があるのは理解してるけど、こーゆー名画座に来る客層を考えれば喫煙スペースは必須だと思うんだけどねぇ。

 再び、それもさておき。
 たぶんこれはアタシだけだろうと思いますが、よほど観たい作品でない限り、5本目は観ずに帰ります。
 というのもね、別に眠くなったから、とかじゃないんですよ。前もって心の準備をしてきているわけだし、翌日は日曜日なので、当時サラリーマンだったアタシは好きなだけ寝ていられる。
 じゃあ何で最後まで観ないの?もったいないじゃん、と思われるかもしれませんが、変に思われるかもしれないけど、満足しきってしまわないためにあえてそうするのです。
 どうも、最後まで観てしまうと、悲しくなってしまう。祭の跡を見る感覚っつーか。
 イベントとかでもそうなんだけど、撤収なんか見なくて済むのなら見ない方が絶対にいい。「これで終わり」とバンッ!と閉じられるよりも「もしかしたらあの祭は今も続いている」みたいな余韻があった方が幸せな気分になれるんですよ。

 とはいえ外は真っ暗だし、電車も動いていません。
 この頃アタシは人形町に居を構えていました。浅草から人形町までは都営浅草線で6分ほど。5本目まで観てしまえば、ほんのちょっと時間を潰すだけで都営浅草線で帰れるんだけど、4本目終わりならまだ始発まで軽く2時間近くある。
 じゃあファミレスかなんかで時間を潰すとお思いでしょうが、莫迦なアタシはそんなことはしない。つかファミレスで時間を潰すくらいなら、さすがに5本目も観た方が良い。
 ほんと、今考えても莫迦だと思うけど、当時アタシは浅草から人形町まで徒歩で帰っていたのです。
 もちろん歩いて歩けん距離ではない。ゆっくり歩いてもだいたい1時間くらいだし。
 それにしても、はっきりいって、真夜中に1時間も歩くなんて狂気の沙汰です。
 しかし浅草東宝のオールナイト上映を観た帰りだとフシギに歩けるのです。なんというか、一滴も呑んでないクセにほろ酔い状態なんですね。だから歩いていてすごく気持ちいい。(ただし雨の日と真冬はこんなことしませんでしたが)

 あの時の感覚は今でも忘れられない。つかあんなに気持ちいい時間もなかったと思う。その日観た映画のテーマ曲なんかを軽く鼻唄で歌ってみたりなんかして、これ以上はない、という上機嫌で部屋にたどり着くのです。
 映画ってのは観てる間も大事だけど、終わった後の余韻も同じくらい大事ですからね。そう考えるなら、しかも直前に4本もの映画を観たのなら、歩く時間として、余韻に浸る時間として、1時間くらいがちょうどいい。
 あの頃、そういうね、浅草東宝みたいな場所があって本当に良かったと思うし、今はもうないのは心底寂しい。けど、これも祭の跡っつーか、閉館が決まって以降に浅草東宝に行かなくて良かったとも思うわけでね。


(初出 2003年11月20日更新「浅草東宝鑑賞読本」、改稿 2018年5月21日)