唄と笑いと風刺のマッシュアップ
 コミックソングって何なんだろうなと思います。
 「ロック」とか「ジャズ」のようにサウンドの特色で分けられているわけじゃないし、ノベルティソングとの厳密な違いを正確にいえる人など誰もいないでしょう。
 しかも広義にいえば、もしくは狭義にいえばみたいな境界線を決めることも難しい。もちろんコメディアンや芸人のレコード=コミックソングではないしさ。
 
 ま、たしかにね、コミックソングの定義をキチンと決めたからと言って誰が得するわけでもない。そんなことはわかっています。
 しかし、それでも定義付けしようと試みたからにはちゃんとやって欲しいとは思う。
 2015年からNHKBSプレミアムにて、ビートたけしを司会に据え<笑い>の歴史を紐解こう、みたいな趣旨で「たけしの“これがホントのニッポン芸能史”」なんて番組が放送されています。
 ビートたけしの<笑い>への造詣の一端が垣間見られるのは貴重で、基本的には好ましい番組です。
 しかし2016年10月に放送されたコミックソングの回は本当に酷かった。期待が大きかった分、相当失望した。
 いやね、後半で所ジョージをフィーチャーするのは、まだ理解できるんですよ。いってもバラエティなんだから、ま、そういうことも必要でしょう。でも正史といえる流れを無視するってのは、本当にどうかと思う。
 つまりはコミックソングの定義付けをやったにもかかわらず、その定義がメチャクチャだったんですよ。
 
 日本のコミックソングの源流を探るなら、まず「オッペケペー節」から始めるのは妥当です。
 しかしこの後がいけない。
 その次にくるのはどう考えても浅草オペラなんだけど、ま、これは省略されるのはしかたない。でも徳山璉や二村定一にも触れないってのは不自然で、百歩譲ってそれも省略止むなしにしても、エノケンやロッパでさえ割愛するってのはいくらなんでもあり得ない。
 本当なら、笠置シズ子を経てトニー谷や三木鶏郎グループに受け継がれ、クレージーキャッツ、ドリフターズに行き着いた、とするのが普通です。(もっと時代を進めるのなら、とんねるずを入れるのも当然のはずですが)
 
 しかしそうした流れは一切なかった。
 エノケンやロッパは無視する癖に、音曲漫才やボーイズは紹介する。もしコミックバンドというカテゴリならフランキー堺とシティスリッカーズは欠かせないのには違いないのですが、コミックソング、というカテゴリなら、シティスリッカーズはほとんど関係ない、といって間違いない。
 正直、クレージーキャッツやドリフターズも、その功績を考えれば時間が短すぎるし、では長々やったのが誰かといえば小林旭。この構成のバランスの無さは、ちょっと考えられない。
 別にアタシがクレージーキャッツのファンだということを差し引いても、小林旭こそコミックソング界の頂点、みたいに言われると「ん?」と思わざるを得ないわけで。
 もしこれが、エノケンこそが頂点、とか、三木鶏郎グループが、と言われるのなら、ぜんぜん納得できるのですよ。いやさ、小林旭も欠かせないかもしれないけど、あまりにもウエイトを置きすぎだろと。
 んで、小林旭でさえ違和感があるのに、異様な大瀧詠一「上げ」が始まって。
 
 個人的に大瀧詠一への悪印象はまったくない。しかしコミックソングというカテゴリにおいて、大瀧詠一は基本フォロワーでしかないわけです。
 コンポーザー側の人間を取り上げるにしても、服部良一とか栗原重一(エノケン一座のスタッフで、ほとんどの戦前エノケン映画で音楽を担当)とか、萩原哲晶(は軽く紹介されてたけど)とか宮川泰とか、もういっぱいいるわけです。
 これらの人に比して大瀧詠一の功績の方が大きい、なんて間違っても言えないはずで、それは大瀧詠一本人もわかっていたはずなんです。
 金沢明子が歌った「イエローサブマリン音頭」は大瀧詠一プロデュース、萩原哲晶編曲ですが、番組の構成では「手柄はすべて大瀧詠一」になりすぎで、こういうのもとくに大瀧詠一のファンでない者からすれば気持ち悪い。
 
 たぶんね、この番組の構成者か、もしくはディレクターが大瀧詠一フリークなのでしょう。だから大瀧詠一が評価する人を持ち上げ、最後には大瀧詠一自身をも持ち上げる。
 ぶっちゃけていえば、もうこれこそ大瀧詠一フリークの「悪癖」なんです。
 クレージーキャッツと小林旭のファンを兼ねる人は非常に多い。理由は簡単で、結局出発点が大瀧詠一の影響なんです。
 しつこいけど、アタシ自身が大瀧詠一が嫌いってことじゃないよ。好きな曲もあるし。でもアタシがクレージーキャッツのファンになったことと大瀧詠一はまったく関係ない。つまり大瀧詠一が出発点でないのだから小林旭には行き着かないし、大瀧詠一を褒め称えるような方向に行くわけがない。
 その辺が大瀧詠一フリークの人にはわからない。クレージーキャッツが好きだというと、だったら小林旭も好きですよね、で最後は大瀧詠一が凄いって話になってしまう。
 
 大瀧詠一がクレージーキャッツの凄さを広めたこと自体はアタシは認めている。でもそれはスポークスマンとして認めているのであって、リスペクト度合いはクレージーキャッツの人たちや青島幸男、萩原哲晶、宮川泰といった人たちとは比べものにならない。
 さらにいえば、大瀧詠一が作編曲を担当したクレージーソング「実年行進曲」もアタシは認めていない。何度聴いても、いくらどういう思いで作ったのか、リスペクトが散りばめられているのか知っても、つまらないという感想は変えようがない。(かつて所ジョージに酷評されたせいかはわからないけど、大瀧自身この曲は失敗だったと認めている)
 で、別にアタシが特別だとも思わない。たぶん大瀧詠一から入っていないクレージーキャッツファンは似たようなもんだと思う。つかそこまで大瀧詠一を持ち上げる理由もないからね。
 もう大瀧詠一ご本人も鬼籍に入られているし、氏がやってたラジオ「ゴーゴーナイアガラ」を聴いてた世代も高齢者のカテゴリに入る時代だからね。本当、あんまり言いたくないけど、こういうの、マジで止めた方がいいよ。大瀧詠一本人に何の罪もないのに、変な悪癖を撒き散らすと大瀧詠一のイメージが悪くなっちゃうんだから、ね。
 
 ちょっと大瀧詠一の話が長くなりすぎましたが、ここでアタシがひとつ、コミックソングの正史とやらを記して・・・と思ったけど、やりません。カネくれるならナンボでもやるけど。
 そこで、せめてスタートラインだけバチッと書いておきます。「はじまり」さえ理解出来ていれば、歴史を語る上で何が必要で何が不必要か、フツーのアタマがあればわかると思うから。
 先ほども書いたようにコミックソングの源流を「オッペケペー節」とするのは妥当です。もちろんその前にも、浪花節やデロレン祭文、あと河内音頭にもコミックソング的要素があるものもあったけど、さすがにそれは置いておくことにする。
 「オッペケペー節」以降、強烈な風刺を<笑い>で中和させた「○○節」と題する歌がいろいろ作られます。
 ドリフターズもカバーした「東京節(パイのパイ節)」、「オレたち!ひょうきん族」内で「知っとるケの歌」としても歌われた「まっくろけ節」などは現今でも諳んじている人もそれなりにいるはずです。
 しかしまだレコードが一般的ではない時代です。つまり音源か残ってないこともあって、大半の「明治から大正にかけて作られた、コミック要素の強いプロテストソング」は忘れ去られてしまいました。
 
 しかし顧みられることが皆無だったのかと言えば、そんなことはない。ほんの一時期ですがこれらの楽曲にスポットライトが当たったことがあったんです。
 もうほとんど忘れ去られていることなのですが、実は1960年代後半からの数年、日本初のレトロブームが巻き起こった。もっとも当時は<レトロ>なんて言葉は使わず、もっぱら<リバイバル>と呼ばれていたんだけどね。
 戦前期の映画がリバイバル上映されたりもしたし、1970年には戦前の代表的漫画である「のらくろ」がアニメーション化される事態にまでなった。
 音楽も当然のようにリバイバルブームの波には逆らえず、テレビで懐メロ番組が氾濫し出したのもこの時期で、戦前歌謡や軍歌を再吹込したレコードがいくつも発売されたんです。もちろんその中に「明治から大正にかけて作られた、コミック要素の強いプロテストソング」も含まれる。
 そしてこれらの楽曲に着目したのが、フォークシンガーを志していた若き日のなぎら健壱でした。
 
 つかさっきから長ったらしく「明治から~プロテストソング」とか書いてるけど、上手い名称がないんですよ。
 いやあるにはあるんです。でも非常に誤解を招きやすい名称なわけで、ここまで極めて慎重にその言葉を使わなかったくらいで。
 「明治から大正にかけて作られた、コミック要素の強いプロテストソング」は当時<演歌>と呼ばれた。ただし現今の<演歌>と呼ばれるものとは似ても似つかぬもので、なぎら健壱のエッセイから引用するなら『北島三郎や、八代亜紀が歌うところの演歌ではない』ということになる。
 ここで言う<演歌>とは「演説歌」をつづめての<演歌>です。昭和30年代以降に古賀メロディふうのものを<演歌>と呼び出したのでややこしくなりましたが、本来演歌の<演>は「演説」の<演>なのです。
 
 だから説明が非常に難しい。演歌では今書いた通り確実に誤解されるし、明治節、にしてしまうと「めいじ<ぶし>」じゃなくて「めいじ<せつ>」になってしまう。もうひとつ「書生節」という呼称もあるけど、「書生節」というタイトルの曲もあるのでややこしい。
 だからアタシは「明治」の「演説歌」ってことで「明治演説歌」という呼称を使っているのですが、実際は明治時代のものだけじゃなしに大正時代や昭和初期のものも含まれるから正確性に欠けるし、それに正直「演説歌」ではニュアンスが伝わらないんです。どうも「演説」なんて言葉が入ると説教じみた感じになって、これらの曲が本来持つユーモラスな、もっといえばコミックソング的な感じが出ないんです。
 たしかに風刺の要素は強い。だけれども強烈な風刺に負けない<笑い>が詰められているので、演説のような説教じみた堅苦しいものとはまるで違うんです。
 後年、青島幸男は風刺とナンセンスを綯交ぜにしたクレージーキャッツソングを量産しましたが、風刺の対象と笑いの方向性が違うだけで、あれこそまさしく正統コミックソングであり、その源流が明治演説歌であるのは当然なのです。
 
 しかし実際に明治演説歌なるものがどういうものか、いくらここで説明するより聴いてもらう方が早いに決まってんだけど、今「音源」という形で聴けるものの大半は1960年代後半のリバイバルブームの時に吹き込まれたものでしかありません。だから今の時代にこれらの音源を聴く意味は限りなく薄いわけで。
 1900年にイギリスで録音されたという「オッペケペー節」を例外として、リアルタイム音源は皆無に近い。っつーことは「明治演説歌に興味があるのならコレを聴けば良いよ」ってのが存在しないということになってしまいます。
 そこでアタシは一本の映画を推す。もちろん明治~大正に作られた作品ではないけど(もしあっても当時はサイレントの時代だから意味がない)、まだ人々が「そういうものがあった」とはっきり記憶している1940年に作られた映画です。
 作品名は「エノケンのざんぎり金太」。これは江戸から明治になったところで幕となった「エノケンのちゃっきり金太」の続編で、ということは明治時代が舞台になっているので、劇中数々の演説歌が歌われているんです。
 ざっと曲目を挙げれば
 
 ・ストライキ節(東雲節)
 ・書生節
 ・ギッチョンチョン
 ・間がいいソング
 ・笹や節
 ・松の声
 ・まっくろけ節
 ・ラッパ節
 ・オッペケペー節

 
 といった具合です。これ以外にも明治時代によく行進曲として使われていたというオペラ「マルタ」の劇中歌「農民たちの合唱」がキーミュージックになっており、まさに「音楽で明治時代を振り返る」ことを念頭に置いて作られているのです。
 もちろんエノケン他によって明治演説歌が歌われるのですが、これが本当に素晴らしい。1960年代後半に吹き込まれたものよりもはるかに素晴らしい。とくに「ストライキ節」など、エノケンのリズム感のおかげで今でも通用するような譜割りになっているんですよ。
 てなわけで「ざんぎり金太」は明治演説歌に興味があれば是非観て欲しいんだけど、いくらアタシが推したところで鑑賞が困難であることには変わりないけどね。
 
 ところで「たけしの“これがホントのニッポン芸能史”」のスタッフは「ざんぎり金太」を観たんだろうかね。
 いやそりゃあ観てるわな。NHKだもん。マジメだもん。まさかまさか、いくら鑑賞が困難でも、この程度を観ずにコミックソングの定義付けみたいな番組とか作るわけないよな。当然この映画で音楽を担当した栗原重一の数々の功績もわかってて「泣く泣く」割愛したんだよな。
 なんて<間>がイイんでショ。
 
 
 (初稿 2012年5月29日更新「コミックソングの到達点「ガニ」」、2016年11月14日更新「悪癖」、2017年4月27日更新「唄はなつかし・明治演説歌あれこれ」、2018年9月25~29日更新「徹底解剖・仮面ライダー」他・改稿 2019年6月3日)