フータくんという分岐点
 ざっくりと計算したところによれば、たぶん1982年のことだったと思う。アタシが中学2年生の時の話です。ま、たぶん、なんだけどね。本格的に調べればわかるのかもしれないけど、インターネットでの検索ではこれが限界でして。
 ま、曖昧なのは勘弁してもらって、とにかく1982年の出来事、ということで話を進めます。

 夕方に放送されているニュースを見ている時でした。しかも関西ローカルのニュース。何でそんなのを見ていたのか、今となってはまったくわからないけど、とにかく、母親が夕食を作る横で、見るとはなしにテレビを見ていたんです。
 「この度、大和高田に私設の漫画図書館がオープンし・・・」
 ほぅ、漫画図書館か。紹介された映像を見る限り、古い漫画雑誌も取り揃えられていて、相当充実しているように思えた。うん、これはちょっと行ってみたいな、と。
 それにしても、ヤマトタカダ?聞いたこともない。アタシは母親に尋ねました。
 「大和高田言うたら奈良やん」
 奈良、奈良かぁ。さすがに遠いなぁ。
 神戸に住んでいたアタシは、ひとりで遠出となるとマックスで大阪市内だった。この時点でたぶん一番遠くに行ったのは天王寺だったと思う。
 いくらなんでも、奈良までは行けない。近くなら行ってみたいけど、奈良となるとなぁ。ま、だからと言って漫画図書館なんだから大人に連れられて行くような場所じゃないし。

 ちょうどこの頃、アタシは藤子不二雄マニアに片足を突っ込みかけていました。
 1979年というとアタシが小学5年生の時ですが、テレビアニメ放送開始に合わせるようにして「ドラえもん」を読み始めた。んで同時期から「コロコロコミック」も定期購読するようになったんです。
 初期のコロコロコミックは、なかば「藤子不二雄マガジン」の様相を呈しており、「ドラえもん」以外にも「オバケのQ太郎」(新旧ごちゃ混ぜだった)と「パーマン」の再録に加えて、新作「ミラ・クル1」が掲載されている、といった具合で、ページの半分近くを藤子作品が占領していたのです。
 だからコロコロコミックを読むことで「ドラえもん」以外の藤子不二雄漫画にも、何の抵抗もなくスッと入っていける土台が出来たっつーか。
 中でも抜群に面白かったのが「21エモン」だった。
 正直ね、最初は読むのを渋っていたんですよ。あれ、ゴンスケのセリフが全部カタカナでね、何か読みづらいなぁ、と。
 しかし藤子不二雄ファンの友人に「大丈夫。絶対に面白いから。「ドラえもん」より面白いくらいやから」と猛烈に勧められて読んでみたら、これがマジで面白くてね。気がつけばアタシはてんとう虫コミックスから発刊されていた藤子不二雄作品を全部揃えていたのです。

 小学6年生になった頃、本屋で「異色短編集」という単行本を見つけました。
 間違いなく作者の名前は藤子不二雄、とある。しかしピースサインに不気味な指人形をつけた装丁(第2巻・やすらぎの館)のインパクトがあまりにも強く、気味が悪すぎてすぐに購入する気にはなれませんでした。
 それでも気になって気になってどうしようもなかった。
 そして買った。んで読んだ。
 漫画を読んであんなにショックを受けたことなど後にも先にもなく、これで完全にタガが外れた。
 「絶対安心ブランド」であるてんとう虫コミックス以外の藤子不二雄の単行本を片っぱしから買い集め始めたのです。

 この中には当然、ブラックユーモア短編や「黒ィせぇるすまん(笑ゥせぇるすまん)」「黒ベエ」などの「黒い」作品群も、「まんが道」も「プロゴルファー猿」も「フータくん」も「わかとの」も、「モジャ公」も「仙べえ」も「ドビンソン漂流記」も「ポコニャン」も「エスパー魔美」も、とにかく当時発売されていた作品全部が含まれていた。
 この頃にはさすがに「ふたりが別々に描いている」ことぐらいの察しはついてたけど、でもまだバリバリコンビ解消前で、まったく分け隔てなく、両先生の作品を、文字通り読み漁ったのです。
 しかし、それさえも物足りなくなってきた。
 当時、「藤子不二雄まんが全百科」なるポケットサイズの子供向け資料集のようなものが発売されており、それを読むと単行本になっていない作品がずいぶんあるのがわかった。
 ああ、何とかして、雑誌にしか掲載されてないものも読みたいな、でもどこに行きゃ読めるんだ、と途方に暮れていた頃に「大和高田の漫画図書館」の話を聞いた、というね。

 とある日曜日、何故か異様に早く目覚めたアタシは、突然思い立った。よし、今から大和高田に行こう!と。
 いったいどれくらい時間がかかるか見当もつかない。今みたいにネットでサクッと乗換案内がわかる時代じゃないし。だからこそ行くのなら、時間的に考えても今日しかない。
 素早く身支度を整えたアタシは大和高田に向かった。もう、どんなルートで行ったのかは何の記憶もありません。たぶん鶴橋まで行って、そっから近鉄で大和高田駅に行ったんだろうね。高田駅が大和高田駅から徒歩圏内なんて知識はなかったから国鉄(JR)でってのではないと思う。
 大和高田に着いたまでは良かったけど、肝心の漫画図書館の場所がわからない。住所もうろ覚えだったし、まだ出来たばっかりだったので、人に聞いても誰も知らないというし。
 2時間ほど駅周辺を歩き回った後、ついに目的地である漫画図書館を見つけた時は、嬉しいというよりもホッとしたことを憶えています。

 あすかマンガ図書館、という名前だったんじゃないか。いやこれは記憶していたわけではなくて、検索したらこの名前が出てきただけの話です。本当に<あすかマンガ図書館>なる施設があの日アタシが足を運んだ漫画図書館だったか、もうその辺は藪の中だけど、ここしか符合する場所がないので、これまた正解ということにしておきます。
 ここはあくまで<私設>なんだけど、本当に充実しててね。とにかく希少極まる漫画雑誌が大人の身長よりはるかに高い本棚を埋め尽くしていたんです。
 ま、公設ではないので入場料みたいなのは取られるんだけど、これがずいぶん安い。昨今の漫画喫茶よりもはるかに安く、たしか100円だか200円だか払えばずっと居ていい、みたいなシステムでした。

 この時は何故か「藤子不二雄まんが全百科」を持っていってなくて、完全に記憶だけで<単行本未収録>作品を探し当てていたんだけど、それでも「ぼくら」創刊号に掲載されていた「海底人間メバル」なんかを見つけ出してね。
 ま、さすがに「過去に発売された全漫画雑誌がある」というわけではなかったので様々な制約はあったのですが、「少年キング」は創刊号からかなり揃っており、「少年キング」と言えば、アタシの大好きな藤子不二雄A作「フータくん」が連載されていたので、もしかしたら「フータくん」にも単行本未収録の作品があるのかな、なんて思いながら見漁っていたんです。
 あれ?これ、ぜんぜん読んだことないな。知らないキャラクターも出てるし、キザオが何故かグラサンになってるし。何じゃこりゃ。しかも次の号にも前の号にも、まったく見たことがない「フータくん」が掲載されているのです。
 ファンの方ならもちろんご存知でしょうが、これが現在も単行本に収録されていない幻の「フータくん・ナンデモ会社編」だったのです。

 「ナンデモ会社編」は単行本に収録されている「百万円貯金編」と「日本一周編」の後に連載されたもので、内容的には「百万円貯金編」をグレードアップしたような感じなのですが、新キャラクターとして「ねのねのおっちゃん」や「魔子」(と掃除機のクリナちゃん)、キザオの子分の「M」を登場させている。
 しかも放浪型とスターシステムという「フータくん」の特徴を捨てているのも面白い。
 アタシは夢中になった。これはすごい。こんなすごい作品が何で単行本に収録されていないんだ!
 あすかマンガ図書館はコピーも自由で(もちろんコピー代は取られるけど)、さすがに全話、は無理なので「ナンデモ会社編」の何話かをコピーしました。
 その中でも最終回は白眉で、これほど感動的な、しかも臭みがまったくない終わり方の漫画を見たことがない。とにかくフータくんというキャラクターの<業>が完全に露出していて、今思い出しても熱い気持ちになります。
 ま、思い出すことしか出来ないんだけど。コピーはしたはずなんだけど、とっくに紛失してしまったから。

 やがてアタシは藤子不二雄から離れることになります。これは今考えてもつまらない理由なんだけど、要するに中学生や高校生って<お子様ランチ的なもの>に異様に嫌悪感を覚えるものなんですよ。ま、子供文化嫌悪期と言っていい。
 そんな時期に「藤子不二雄が好き」なんて言ったら級友に馬鹿にされる。幼稚なヤツ、と。そういうのに敏感な時期なので、なおさら藤子不二雄から離れるようになった、というか。
 もちろん好きな気持ちまで変えられたわけじゃないけど、以降アタシは藤子不二雄を深追いするのを一切止めました。今も好きで読んでるけど、マニアではないと思っている。これでマニアなんて言ったら本物のマニアの人に申し訳ないという気持ちが強いんですよ。

 それでも「フータくん」という作品にたいしてだけは強い思い入れを持ち続けていました。やっぱ、あの日の衝撃と感動が忘れられないんです。
 当然「フータくん」がソノシートになったことも、テレビアニメ化の企画がありながら頓挫したこと、しかしパイロットフィルムが一部地域で穴埋め的に放送された実績があることも知っている。
 このパイロットフィルムを見るのは念願なんだけど、今もってフィルムが発見されていないので、諦めるしかないっつーか。
 ただしソノシートの方は、近年CD化されたこともあって比較的簡単に聴ける状況になりました。
 んでね、実際聴いてみると、これが泣けるんですよ。別に泣かそうって曲じゃないけど、ああ、もしテレビアニメ化が実現していたら、という想像が膨らんで泣けるんです。

 ここからは完全に「IF」の話になるけど、もし「フータくん」が予定通りテレビアニメ化されていたら、その後の藤子不二雄(F・A問わず)の置かれた状況って結構変わっていってたんじゃないかと思うんです。
 一般の人が藤子不二雄モノと聞いて、まず思い浮かべるのは『現代日本の、ごく普通の家庭の、少し出来の悪い少年のいる家庭に、特殊な能力を持つ異生物が混入して騒動が巻き起こる』みたいな感じだと思います。
 そう考えるなら「フータくん」は藤子不二雄作品としてみても、A作品としてみても、かなり異端です。
 後にAが得意とすることとなるブラックユーモア要素も皆無であり、ひたすらパワフルで、テーマも<お金>というストレートなもの、またキャラクター設定も主人公が小学生くらいの年齢でありながら学校に行っていない風来坊、風来坊であるから当然のように毎回舞台となる街が変わり、他のキャラクターは手塚治虫考案のスターシステムに基づいて毎回役回りが変わる、その他その他・・・。

 もし、もっと早い、第一次藤子不二雄ブーム(「オバQ」テレビアニメ化から「ウメ星デンカ」終了まで)の段階で「フータくん」という異端な作品が認知されていたら、やっぱり取り巻く状況は大幅に変わっただろうな、と思わざるをえないのです。つまり本人の意思ではなく編集部が、いわゆる藤子不二雄パターンでない、「フータくん」的なものを求めたのではないかと。
 Aは当然「フータくん」に近い、バイタリティ溢れる主人公の作品を描いただろうし、もしかしたらFも男の子が単独の主人公の、異生物が混入しないパターンの児童向け作品を描いていたかもしれないな、とね。

 Fの「未来の思い出」じゃないけど、「もし「フータくん」が無事アニメ化されてた時」のパラレルワールドも見てみたい気がするのです。


 (初稿 2013年1月31日更新「フータくんという分岐点」、2015年8月1〜4日更新「藤子不二雄とアタシ」他・改稿 2018年11月12日)