荒波の必読書
 えと、ずっとプロ野球を見ている人なら、忘れようとしても忘れられない出来事があります。
 あれは2004年、突然、といった感じで「オリックスブルーウェーブと大阪近鉄バファローズの合併」が発表されたのです。

 たしかに合併は寝耳に水でしたが予兆はあった。
 この年の1月、近鉄はアコムと提携してネーミングライツを行う、と発表します。その前から近鉄の良からぬ噂はあったけど、とうとうそこまでしなければ球団が立ち行かなくなったのか、と。
 ネーミングライツは他球団の反対で立ち消えになりますが、そうはいっても近鉄と言えば日本で有数の鉄道会社です。将来的には身売りもあるかもしれないけど、すぐにどうこうはないとアタシもタカをくくっていたのです。
 ところが近鉄は水面下で一日も早い「球団を所有することによる慢性的な赤字の解消」を目論んでいた。その結果がオリックスとの合併だったという。

 そして6月。事態は表面化し、とくに近鉄ファン、オリックスファンは阿鼻叫喚します。ま、当たり前ですが。
 そのうちパ・リーグの他の球団も合併の構想があり、一リーグ化の可能性を探っている、なんてこともあきらかになってきた。
 こうなると単にオリックスと近鉄の問題だけじゃなくなるわけで、一気にプロ野球界全体の問題になってしまったのです。
 合併凍結、二リーグ制維持を主張する選手会側と、さらなる合併を行い一リーグ化を目指すオーナー側との対立が鮮明になり、9月にはついにプロ野球始まって以来のストライキを決行するに至ります。
 最終的にはオリックスと近鉄の合併こそ実行されたものの、世論という名の選手会側が要望である二リーグ制維持の方向に傾き、その結果東北楽天ゴールデンイーグルスが誕生したと。

 プロ野球には何度も危機的状況と、それに伴う大騒動がありました。
 最初は1949年末の二リーグ分裂騒動、次が1970年前後の黒い霧事件、さらには1978年から1979年に起こった江川事件。
 しかし全球団のファンをも巻き込んだことを考えれば2004年の球界再編騒動が一番のオオゴトだったと思う。
 しかもすでにインターネットも普及しており、毎日のようにこの騒動にたいしてカンカンガクガクの意見がネット上で交わされていたのです。
 2ちゃんねるはもちろん、その頃流行りだったブログでも、みんな熱病に冒されたように球界再編騒動について熱く語っていた。もはや取り憑かれていた、と言ってもいい。

 それはアタシだってそうです。すでに前年の10月からyabuniramiJAPANを始めており、ずいぶんこの騒動のことを書いたりしました。だから、まァ、アタシも燃え上がっていた、と言える。
 しかし一方で醒めた目で見てるところもあった。というのもあまりにも幼稚というか、プロ野球の歴史を知ってたらそんな発想は出てこないだろ、みたいなことを平気で述べる人が多すぎるんじゃないの?とね。

 アタシがプロ野球を見始めたのは1976年です。つまり球界再編騒動の28年前。だからものすごく古参かというとそこまででもない。
 ただ「プロ野球の歴史」のようなものは子供の頃から好きで、というのも親や親戚に昔からの阪神ファンが多かったからなんです。
 母親は村山実と三宅秀史のファンだったというし、親戚からも「昔の阪神」「昔の甲子園」「昔のプロ野球」の話をずいぶん聞かされました。
 1977年には阪神巨人OB戦にも連れていってもらった。この頃のOB戦は後の寒々としたものではなく甲子園が満員になるほど盛り上がったんです。
 だから、OB戦という形であれ、現役時代を知らなかった、そして現役を引退してからそれほど時間が経っていない<かつてのスタープレイヤー>の姿を見れたのは、今となっては財産だな、と思うわけで。

 そんなふうだから、その手の書籍はずいぶん読んだ。しかしどうも、意外と面白いものがない。
 古いデータをただ並べただけだっり、あまり普遍的とは言えない個人的な思い入れを綴ったものだったり、とにかく「今現在から過去を多角的に検証する」みたいな、いわゆる研究書と呼べるようなものはほとんどありませんでした。
 ところが2000年前後になると、アタシが求めるような書籍が登場し始めた。もちろん貪るように読んだ。それくらい面白かったから。
 そして球界再編騒動という事態に直面した時に改めて思ったんだけど、こういうことになったのはプロ野球の歴史からして必然だったのかも、とさえ感じたんです。
 アタシが感化された書籍は3冊。1冊ずつ見ていきます。

・「阪神タイガースの正体」(井上章一著・太田出版、ちくま文庫→朝日文庫)
 一見阪神便乗本にみえますが、実に多角的に阪神タイガースが<大阪の象徴>になるまでを検証しています。
 著者の井上章一は生粋の阪神ファンですが、愛情の裏返しもあって阪神タイガースという独特の球団のウラを描こうとしている。そのウラってのもゴシップ的なことではなく、彼の他の著書同様、同時代の文献や社史などを徹底的に洗い出している。いわば<ウラが出来るまでの経緯>を調べているというか。
 この本を執筆したきっかけを、次に挙げる「南海ホークスのあったころ」の文庫版解説に「阪神のあまりのだらしなさに、現実から目を背けるために、自分を歴史にいざなった」というようなことが書いてある。
 最初の単行本が出たのが2001年。後の時代から俯瞰で見るなら暗黒時代の最末期ということになりますが、研究書でありながら全体としては<憤り>だったり<やるせなさ>が充満している。だから「暗黒時代の阪神ファンの姿」を描いた歴史書としても成立してしまっています。

 これは井上章一という人の著作の特徴なのですが、章の頭にインパクトの強い「歴史的事実」を挙げ、そこから細かい事実を紡いでいく手法を用いています。
 中でも「伝統の阪神・阪急戦」や「大阪で一番人気があったのは南海であった」など、自称阪神通もほとんど知らない、いや知っているオールドタイマーもこの世からいなくなり、現在の視点からは奇異と思われる「歴史的事実」を実に上手く抽出してある。
 阪神関連本でありながら同じ関西にフランチャイズを置いたパ3球団との関わりを極めて重要なものと位置づけており、合併当時の当事者であったオリックスと近鉄についても述べられています。
 これが「オリックスと近鉄がこうなったのも阪神偏重の関西マスコミが悪い」ということへの返答にもなっている。といっても本書が発売されたのは合併騒動より3年も前なのですが、まるで予測していたかのような模範解答なのがすごい。
 だから本書は、阪神ファンはもちろんなのですが、むしろ旧オリックスファン、旧近鉄ファンに読んでもらいたい。


・「南海ホークスがあったころ―野球ファンとパ・リーグの文化史」(永井良和/橋爪紳也著・紀伊国屋書店、河出文庫)
 「阪神タイガースの正体」とほぼ同じ事項を南海ホークス側からみた研究書です。が、結果的に補完関係になっているので、どちらのファンとか関係なく両方読むことをお勧めします。
 特に大阪球場のなりたちの部分が面白い。『(1リーグ時代の末期に)甲子園球場側から南海にたいして「ホームグラウンドとしてつかってほしい」と懇願した』という事実は驚愕ものです。
 大阪球場の建立にマーカット少将(!)が多大な便宜を図っていたというのも意外で、最新鋭の構造として作られたのもよくわかる。

 個人的に惹かれたのはファンクラブの興りの箇所です。もっと具体的に言えば「子供の会」という、少年少女(おそらく小学生以下)を対象にしたファンクラブです。
 南海は1950年代半ばに子供の会が発足されたらしいですが、アタシが子供の頃に入会していた阪急ブレーブスの子供の会はさらに歴史があり、1946年、つまり終戦の翌年にすでに誕生していた、との記述があります。
 アタシが阪急子供の会に入っていた頃(1970年代後半)にはとびきりの特典がありました。それが「阪急主催ゲームなら内野自由席、主催以外の阪急戦は外野自由席が無料」というね、もはや自由席というものが絶滅状態の昨今を考えるなら夢のような特典でした。これは南海の子供の会も同様の特典があったらしい。
 これがどれほど当時の少年ファンに影響を与えたのかはわからない。皆無ではないと思いますが、阪急ファン、南海ファンがその影響で劇的に増えたというようなことはない。アタシだって、ま、紆余曲折はあったとはいえ結果的には阪神一本に絞ったんだから。

 他にも興味深い記述がいろいろあるのですが、パ・リーグというよりプロ野球の歴史としてそれなりに知られていながら、理由まで知らないようなことも本書では切り込んである。
 例えば『何故毎日は東京をフランチャイズにしたか』『何故毎日放送は傍系の大毎オリオンズではなく南海との関係を深めたか』という根本的な疑問も検証しています。
 正直言えば、<ダイエー>ホークスがなくなってしまった今、第七章は鼻白んでしまうところがあるのですが、それもまた歴史の一部なわけでして、そういうところを含めて是非読んでもらいたい一冊です。


・「魔術師―三原脩と西鉄ライオンズ」(立石泰則著・文芸春秋、小学館文庫)
 サブタイトルからもわかるように、両者がクロスした1951〜1959年を中心に据えて、三原脩という稀代の名将と、<福岡>ライオンズの軌跡を鮮やかに描き出しています。
 魔術師と言われた三原脩の人生も面白いんだけど、あの歴代最強と謳われた西鉄ライオンズが如何にして形成されたか、そしてどうした理由で崩壊していったか、そのあまりに壮絶な栄枯盛衰ぶりは単に過去の出来事ではなく、歴史的事実、もっと言えば未来への指針にさえ思えます。
 とくに三原脩の実質解雇から始まった崩れっぷりは凄まじく、タガを絞める、緩めるなんて簡単に言いますが、これがどれほどまでに重要なことなのか、また三原脩の「選手を大人扱いする」→「すべて自主性に任せる」→「活躍出来ないのは自己責任」→「活躍出来ない選手=自己責任のない選手は容赦なく切る」という発想は、協調性を蔑ろにしてやたら自主性だけを声高に叫ぶ一部の人に聞かせたい話です。

 三原脩による「将たるもの情は不要」という考え方が逆に西鉄ライオンズをひとつにし、最強チームを作るメンタル面での基盤になったのですが、選手との対話、選手と同じ目線を打ち出した三原脩の後釜になった川崎徳次政権がいとも容易く崩壊するのは、面白いを通り越して薄ら寒いものすらあります。
 しかし西鉄ライオンズの崩壊は監督だけでなく、西鉄本社の経営状態、人事、また福岡、さらには九州の経済とも密接に関係しており、プロ野球球団の経営を携わろうと考えている企業人がおられるなら、是非一読をお勧めします。


 この3冊は阪神、阪急、南海、近鉄、そして西鉄と、すべて私鉄が経営していた球団の悲哀を描いたもの、とひとくくりに出来ないこともありません。
 もう私鉄で球団を経営しているなんて阪神くらいで(西武は直接の親会社こそ西武鉄道だけど、コクドの存在を考えると無条件に私鉄が経営しているとは言いづらい)、私鉄が沿線を開発するために球場を作りプロ球団を持つ、という発想は完全に時代遅れのものになってしまいました。
 だから阪神を除く球団はすべて譲渡されたのも当然なのかもしれません。
 ひとつ不可解なことがあるとすれば、どれも近鉄にかんする記述が少ないのです。「魔術師」など三原脩は近鉄の監督までつとめていたのに、少ない。(ま、近鉄という企業が佐伯勇による超ワンマン企業だったのはわかったけど)
 そこが補完出来る本ってないのかなぁ。ないなら誰か、本当に近鉄に思い入れのある人が書けばいいのに。

 (初出 2004年7月7日更新「荒波の必読書」、2014年6月18日更新「合併騒動から10年」、2015年7月27日更新「子供の会、というシステム」他・改稿 2018年7月16日)