テトリンの遠慮なさ
 思えば1980年代は技術もですが、アイデアも未成熟な時代でした。
 何が未成熟なのかって話ですが、ゲームの話をさせてもらいたいと思いまして。つまりハードウェアが低性能だったから面白いゲームが作れなかった、というような単純な話ではなく、「<面白いゲーム>とは何なのか」ってなことを世のクリエイターたちが試行錯誤をしていた時代だったと。

 面白い、と言ってもいろんな解釈があるもので、とくにゲームの場合は「中毒性の高さ」も十分面白さのベクトルと言えます。
 これ、おもしれー、とかはとくに思っていない。だけれども、気がついたら、やってる。やってしまう、と言った方が良いか。
 しかし1980年代の半ばくらいまで、そんなゲームはなかなか開発されませんでした。つかそもそも「中毒性の高さ」を意識して開発されたゲームがどれほどあったのかも疑問です。
 例えばPCゲーム黎明期の「ローグ」なんかは中毒性が高いと言われていましたし、アタシがリアルタイムで遊んだゲームで言えば「ロードランナー」も同じく中毒性があった。
 しかしどちらも、開発の段階で<中毒性の高さ>を意識していたとは思えない。単純に面白いゲームを作ろうとしたら、偶然中毒性の高いゲームになった、といった方がいいでしょう。

 そんな時代に、まったくノーマークの国で、具体的にはソ連で、とんでもない中毒性の高いゲームが開発された。あ、ソ連ってのはもちろん今のロシアのことですが、この頃はソ連だったのでこれでいい。
 そのゲームとは、言うまでもなく「テトリス」です。
 まだこの当時は米ソは冷戦状態にある、なんて言われていた頃なので、「テトリスはアメリカ人をゲーム中毒にして、脳を麻痺させるために開発された」なんて無茶苦茶な噂がたったくらいでした。
 実際テトリスの中毒性は半端じゃなかった。しかもゲームの文法から外れた、というか、それまでのコンピュータゲームの影響をまったく受けていなさそうなゲーム性だったのもすごい。
 たしかにテトリスはあまたのゲームをやってみて、ここがこうだからこのゲームは面白いんだ、みたいに研究して作られた感じがまるでない。それよりも人間の本能に訴えかける快感をゲームとして再現したって感じなんですよ。

 説明不要は承知で書くけど、テトリスってのはブロックを敷き詰めていくゲームです。この「隙間にピタッとハマる」ってのはゲームなんか一切興味なかろうが、気持ち良い、と感じるものなんです。
 そう言えば、あれは2015年のことだったか、バレエを観に行ったことがありましてね。
 まァアタシはバレエに明るくないんでどの程度変則なものなのかはわからないのですが、とにかくド素人が想像するような「如何にもバレエでござい」みたいな衣装じゃなくて、みんな芝居のように役柄に相応しい扮装をしていて、それで踊るわけでして。
 アタシは音楽劇が好きなんだけど、この時のバレエはセリフと歌がないだけで果てしなくレビュウに近かった。だからものすごく満足したんです。

 と同時に、何で自分は音楽劇、いわゆるミュージカルのようなものが好きなのかが良くわかった。
 ミュージカルシーンの気持ち良さは、アタシ的に言えば<離散→集合→離散>の気持ち良さなんです。<無秩序→統制→無秩序>と言い換えてもいい。
 バラバラに動いていたものが<きっかけ>で統制された動きになる。そして再び<きっかけ>でバラバラになる。この一連の流れが痺れるほど気持ちいいんですよ。
 これは理屈じゃない。誰しもがそう思うかはともかくとして、何つーか、かなり本能的なものだと思う。

 脳が気持ち良く刺激される、それはつまり<快感>ってことなんだけど、テトリスは快感の連続をゲームという形にしたものだと思う。だから、つい、やっちゃうんだと思うわけで。
 一般にはゲームボーイの立役者は「ポケットモンスター」ってことになってるけど、アタシはテトリスだと思う。たいしたハードウェア性能を必要としない、外で気軽に遊べて、いつでも止められる。まさにゲームボーイのコンセプトにピッタリで、移植されるのは当然として、もしソ連でテトリスなるゲームが開発されてなかったらゲームボーイはもっと短命だった気がするんです。

 テトリスは本当にハードウェア性能を必要としないゲームで、昔の8ビットマイコンにさえ移植出来る。つまりゲームボーイでさえオーバースペックと言えてしまう。
 もっと簡素で低性能なハードでも、テトリスだけで良いのであれば十分移植出来る。それはたぶん当時からわかっていたことでした。
 それがファミコンに移植されてから10年ほど経った頃に、キーチェーンゲームとして甦った。正確な時期は知らないけど、1990年代後半だったのは間違いありません。(Wikipediaによると1996年頃らしい)
 このテトリン(正確には「みに・テトリン」→「テトリン55」→「ピコリン55」とシリーズが続いた)なるゲーム機はまさにテトリス<だけ>が遊べるハードでしかありませんでしたが、その代わりといっちゃナンだけど、下記のような特徴があった。

 ・「キーチェーン」と呼ばれることからもわかるようにサイズが小さい。ちょうどマッチ箱くらいの大きさ
 ・ボタン電池を使用するが数十時間保つ
 ・非常に安価だった。これも正確なことは憶えてないけど、たしか1000円前後だったと思う
 ・非正規品、つまりテトリスのライセンスを受けているわけではない

 おそらく最後の「非正規品」というのがいろいろ問題があるのでしょう。テレビや雑誌であまり大々的に特集されることはなかったし、その後顧みられることも非常に少ない。
 しかしその流行り度合いは確実にゲームボーイやニンテンドーDS(3DS)以上で、そりゃ今のスマホレベルでみんながみんな電車の中で弄り倒してるわけじゃなかったけど、純粋なゲーム機としては最高峰とも言えるくらい、みんなやってましたから。
 ま、非正規品であるのは褒められることではないけど、それでもこれは企画勝ちと言える。半導体の価格が下がり、テトリスを動かせる程度のハードウェアなら安価で作れる時代になったこと、そして何よりテトリスという極めて中毒性の高いゲームを内蔵したことが決め手になって爆発的なブームになったというね。

 もちろん、いくら中毒性が高いといっても、当時で言えばプレステの代用になるかと言えば、それはならないわけです。つまりみんな、テトリンを<ゲームとして>で遊ぶという感覚ではなく、あくまで<暇つぶし>としてやっていたっつーか。
 電車の中とかとくにそうなんだけど、あれは暇なもんです。昔から電車の中で新聞や雑誌を広げる人はいっぱいいたけど、別に新聞を読みたいとか、通勤時間を有意義に使おうと思ってやってんじゃないですからね。あくまであれは暇つぶしでしかない。
 そうは言っても新聞や雑誌を広げてサマになるのはオッサンだけで、若年層は電車等での暇つぶしの手段がなかった。その隙をテトリンが埋めたのです。

 思えば20世紀は暇な時代だった。と書くと語弊があるけど、暇な時間を生み出しやすい時代だったくらいは言えると思う。
 テレビったってぜんぜん興味のない番組しかやってない時間も多いし、雑誌なんかすぐに読み終わる。個人的な話をすれば、当時アタシは新聞をとってなかったからテレビ雑誌を買ってたんだけど、アタシが買っていたのは「テレビブロス」という雑誌でした。
 理由は簡単でね、テレビブロスが一番読むところが多かったっつーかコラム類がいっぱい載ってたんですよ。もうそれだけでかなり暇が潰れたから。

 それが21世紀に入って「暇つぶし事情」は劇的に変わった。もちろんインターネットが普及したからです。
 インターネットさえあれば、もうホント、無限に暇つぶしが出来る。これで冗談ではなく、世の中が一変したと思う。
 それまでは暇つぶしの手段は限られていました。さっき書いたテレビや雑誌くらいしか手段がなかった。となると「暇な時間を極力減らす」しかないんです。
 具体的には友人と遊びに行くとか、趣味に没頭するとか。しかし逆に言えば友達が少なかったり、趣味のない人は露骨に暇を味わわなければいけなかったってことになる。だから友人を増やそうとしたし、無理にでも趣味を持とうとしたわけで。
 ところが今はそうではない。インターネットさえある程度使えれば、ひとりも友達がいなかろうが、趣味なんてなかろうが退屈知らずで生きていける。つまり現代人はもう退屈ということがなくなってしまったんです。

 趣味と暇つぶしならね、暇つぶしの方が圧倒的にラクなんですよ。上手く言えないんだけど、暇つぶしをしている時間はほとんど脳が動いてないような気がする。たとえどれだけらややこしいサイトを見ていたとしても。
 ゲームも同じで、例えば今のPS4やSwitch、あとSteamだかいうPCゲームのプラットホームなんかのゲームは絶対暇つぶしじゃないですよ。趣味ですよ。
 その点スマホのゲームは、そりゃ全部が全部じゃないけど、暇つぶしとしての要素が強いものが多いと思う。
 棲み分けと言えば聞こえはいいけど、何度も書くように趣味と暇つぶしなら暇つぶしの方が強いですからね。まァ、そうであればスマホゲームがこれだけ流行るのはわかるんです。
 しかしその先鞭をつけたのは、紛れもなくテトリンです。いや「無限の暇つぶし」、つまりインターネットの先鞭をつけたとも言える。さらに大仰に言えば21世紀のライフスタイルを先取りしていたとさえ言えてしまうんです。

 スマホとテトリンは比べるのも馬鹿らしいくらい、圧倒的にスマホの方が優秀です。つかテトリンは所詮テトリスもどきしか出来ない完全なスタンドアロン機だったしね。
 無線LANやBluetoothなどかついてないのはもちろん、ソフトの入れ替えも出来ない。だからソシャゲのようにネット経由で不特定多数の人と楽しむなんて出来るわけがない。あくまでひとり遊び専用です。
 でも翻って考えるなら、それが強みとも言える。
 スマホはね、多機能であるがばかりに、暇つぶしだけにバッテリーを費やすわけにはいかないんです。バッテリーがなくなったらLINEも電話も出来なくなるんだし。
 その点テトリンは他の用途のことなど一切考えなくていい。バッテリーに遠慮せずに遊び倒せる。これはアドバンテージでもあると思うんですよ。

 半導体は日々、高速に、安価に、省電力に、そして小さくなっています。となると今の技術で「ひとり遊び専用のスタンドアロンゲーム機」を作れば、かなりのものが出来ると思う。テトリン発売から20年以上経ってるんだから、それは当然です。
 だから是非ともそういうね、いろんな意味で遠慮なく遊べるゲーム機を開発すべきだ、と言うのは簡単だけど、問題はソフトですよ。
 正直、テトリスよりも凝ったゲーム性で、テトリス並みに中毒性の高い、しかもビギナーにもわかりやすいゲームがあるかと言えば思いつかない。となると結局「テトリスでいいじゃん」となって、半導体の進化はまったく寄与しないってことになってしまう。

 そうこう考えると、やっぱりテトリンって商品の企画力はもっと褒められていいんじゃないかなぁ。ほんの少し早くても技術的に無理だったし、遅いとインターネットにかき消されていたわけだし。だからあのタイミングでああいう製品を作るのは尋常じゃない商売センスだと思うわけで。
 それがたとえ非正規品だったとしても、ね。


 (初稿 2014年5月8日更新「テトリンの遠慮なさ」、2014年8月5日更新「趣味と暇つぶし」、2015年12月10日更新「無秩序→統制→無秩序、の快感」他・改稿 2018年12月24日)