2003年逃避の旅 前編
 ま、確かにアタシは色黒なんだけど、リアルのアタシを知ってる方からすれば、アタシと<南の島>のミスマッチぶりがわかるはずです。
 でもね、これでも生まれて初めての海外旅行はグアムだったんだよ。だから何なんだと言われても困りますが。
 
 グアムを別枠にするならっつーか、国内での初南の島は沖縄でした。いや国内で南の島なんていうと大抵は沖縄だけど。
 あれはたしか1999年ことだった。当時アタシは福岡に在住しておりまして、何でまた福岡に?てなことを書き始めたら長くなるので割愛。とにかくね、この年の夏に「仕事」で沖縄に行くことになったのです。
 でまあ、まずはその時の話を書いていこうと思うのですが、その前にアタシの性癖、いや性癖じゃ誤解されるな。何というか、趣味というか、好ましい行為について説明しておきます。
 かつて「遠くへ行きたい」という旅番組がありました。永六輔とかが出てたヤツです。って調べたら今もやってんのね。
 何しろ始まったのが1970年。アタシが2歳の頃からやってる寸法になるわけですが、のちに作られた旅番組のフォーマット的な存在です。逆に言えば今ある旅番組は「遠くへ行きたい」という基本にどう<色>をつけるかが勝負になってるわけでして。
 つまり「遠くへ行きたい」自体は色は淡い。と書くと紛らわしいけど、別段目的もなく、ただ特定の街に出向いて散策したり郷土料理を食べたりするだけなんですな。
 
 正確にいつからかとかは憶えてないけど、アタシは「遠くへ行きたい」的な、何の変哲もない街を目的もなくブラブラするのが昔から好きでね。
 もうなるべく日常感が溢れている方がいい。観光地感とかまるでなく、みんながフツーに暮らしてる街っつーか、買い物でもスーパーも商店街もあって、もちろんコンビニもあって構わない。今の日本じゃコンビニも立派な日常の風景だもん。
 そんな「何の変哲もない街」が好きなんだけど、はっきりした特徴がある街だって嫌いじゃない。
 だから沖縄に出張ってのは嬉しかった。沖縄なんだから当然「ちょっと日本ぽくない」だろうし、ワクワクしない理由がないわけでして。
 ただね、正直あんまり沖縄での<散策>を憶えてないんですよ。たしかにアタシは記憶力が悪いけど、それよりもマスキング効果っていうか、この時の沖縄出張はあまりにも強烈な出来事が多すぎたんです。
 
 中でも一番強烈だったのは「満腹事件」です。
 仕事が終わったんでとりあえず晩メシを食おうってことになったんだけど、何しろ初めての沖縄なので美味い店とか知ってるわけがない。
 ただアタシには秘策があった。
 何で知ったかのか忘れたけど、初めての土地で美味い店を探す方法として「店の駐車場にタクシーが止まっているか否か」ってのがあるんです。タクシーの運転手なんて土地を知り尽くしていて当たり前で、そんな人が立ち寄る店はほぼ確実に美味い、という。実際アタシはこの方法で何軒も良い店を見つけた経験があった。
 偶然にもすぐにタクシーが止まった店を発見出来た。店内に入ろうとすると入れ違いに出てきた客が「酔っ払いコントでお馴染みの手提げの折り詰め」を持っている。
 土産で持って帰ろうとするとか、こりゃ相当美味いってことだよ!と一気にテンションが上がりました。
 さあて何を食うかな、と、とりあえずソーキそばとBランチを注文した。晩メシなのに<ランチ>とはこれ如何にですが、コマケーことはいいんだよ。何しろここは沖縄だからね。
 まずソーキそばが運ばれてきた。うん、美味い。つかメチャクチャ美味い。今でも容易にあのソーキの味を蘇らせることが出来るくらい美味かった。
 ところがです。かれこれ10分はソーキに食らいついているのに一向に減る気配がない。まるで今しがた運ばれてきたかのようです。
 まだ30代になったばかりだったから今よりずっと食欲もあったんだけど、さすがに限界が近づいてくるのがわかりました。
 
 ふぅ、と一息ついて、一度箸を置いた。あとちょっと。ここまで来たら何とか完食出来る。アタシは安堵の気持ちから周りを見渡した。
 カウンター席にガイコクジンがいた。しかしその表情には苦悶が表れており、箸を持ったまま固まっている。
 何となく先入観で、ガイコクジンはメチャクチャ量を食べるって思ってたんだけど、いやこのガイコクジンだってメチャクチャ食べるのかもしれない。でもたぶん頼みすぎたんだよ。だってカウンターテーブルには丼とパーティー用みたいなデッカイ皿が置いてあるんだもん。そんなに食べられるわけがない。
 次の瞬間、ガイコクジンは何かを悟ったような顔つきになり店員を呼んだ。店員は料理を一旦下げて、戻ってきた時には入れ違いで入ってきた客と同様の折り詰めを持ってきたのです。
 ああ、折り詰めの正体っつーか<からくり>は、これか・・・。
 
 けどアタシはああはならない。だってもうすぐソーキそばを食べ終わるんだもんね!
 「Bランチ、お待たせしましたァ」
 ・・・何これ?こんなもん頼んで・・・あああああ!完全に忘れてたァァァア!
 またこのBランチってのが豪快なもので、長さ40センチくらいの楕円形の皿にトンカツやらスパゲティやら野菜炒めやらご飯やらがこれでもかってくらい盛られている。皿のサイズからしてさっきのガイコクジンと一緒。
 え?何だって2品も頼んだんだって?だってね、たしかこのBランチ、600円くらいだったはずなんですよ。600円でパーティーサイズなんて普通想像します?
 いやこれが普通なんだ。
 だってここは
 オ キ ナ ワ
 だから!
 その後すぐ店員を呼んだのは言うまでもありません。
 
 他にも沖縄は面白かったことがいっぱいあって、でも観光的な面白さでも「ナオンをよォ」みたいなことでもない。純粋にたくさん笑えたってことなんだよね。
 そんな記憶があったからかどうか、沖縄をはじめとする<南の島>に良い印象が残った。だからまた、今度は仕事ではなくて遊びに行きたいな、とは思っていたんです。
 それが初沖縄から4年後、西暦で言えば2003年になりますが、一足飛びで「南の島に住みたい!」にまでなってしまったのです。
 これが恥ずかしいくらいよくある理由でして、何というか、早い話が疲れ果てていたんです。仕事に、というよりも会社に。
 とにかくすべてのことから逃げたくなってね。逃避先として南の島なんてありがちもありがちすぎるんだけどさ。
 この年の夏に退職が決まったんだけど、家賃の関係で当時住んでいた東京の部屋に住み続けられるわけがないし、どのみち引っ越しはしなきゃいけなかったんだけど、さてどこに行こう、と。
 そんな時、本屋で「南の島に住みたい!」なんて書籍を見つけたんです。その瞬間、沖縄での楽しい出来事が去来したってんならよく出来た話なんだけど、あいにくそうじゃない。
 アタシが思い出したのは遡ること一年ほど前に見た、とあるテレビ番組でした。
 
 さてみなさんは、生まれて初めて買ったCDは何か憶えておられますでしょうか。自発的に、つまり自分のカネで買ったに限らない、親や親戚から買ってもらったものも含めるとかなりの難問だと思う。
 ま、アタシの場合は時代が時代なんでCDじゃなくてレコードだけど、たしか一番最初に買ってもらったのはザ・ドリフターズのコンパクト盤だった。たぶんこれが2歳ぐらいの時だから、アタシはかれこれ半世紀ほどはドリフターズのファンってことになるわけでして。
 だからドリフターズの番組に限らず、ドリフのメンバーが出演する番組はなるべく見るようにしてたのですが、その中のひとつに「人生の楽園」ってのがあってね。これまた今も続いているけど。
 正確にはドリフのメンバーは<出演>はしてない。いかりや長介がナレーターをやってただけです。ただこの番組、ナレーションが掛け合いで行われるんだけど、もうひとりのナレーターが伊藤蘭。伊藤蘭と言えばキャンディーズなわけで、つまり完全に全員集合コンビっつーね、こんなウレシイ組み合わせなら、と見始めたんです。
 そもそも「人生の楽園」という番組自体が「都会での生活に疲れて、Iターンで田舎で生活する人を追う」というテーマなので、まさに当時のアタシの心境にドンピシャで、いつしか番組そのものを「癒やし」と捉えはじめていたんです。
 
 2002年6月15日放送の「人生の楽園」で「奄美大島に映画館を再生させる」みたいなのをやっててね。いや映画館云々はいいんだけど、その時映像に映った奄美大島の商店街の雰囲気がメチャクチャ良かったんです。
 それをね、本屋で「南の島に住みたい!」という本を見た瞬間思い出した。
 あ!そうか!奄美大島か!!あそこなら、東京での生活でなくした<自分らしさ>とかいうヤツが取り戻せるかもしれない・・・。
 何しろもう仕事を辞めるのは決まってる。んで今の部屋から引っ越さなきゃいけないってのも決まってる。ネガティブに言えば仕事も住む場所もなくなるってことになるけど、考え方を変えれば、どこにでも、好きなところに引っ越せるってことじゃないか。
 
 以降、奄美大島について猛烈に調べまくった。と言っても、そんなに情報がない。2003年ならもちろんインターネットは普通にあったけど、ネット上にある情報量は今とは比べ物にならない。
 書籍だって、沖縄についての書籍はいっぱい発行されてるけど、奄美大島になると極端に少ない。あったとしても「マングローブが」とか、そんなんばっかり。
 たしかにアタシは奄美大島に惹かれた。もちろん奄美大島が<南の島>であることには違いない。けどアタシはマングローブでも美しい海に惹かれた訳でもないんだよ。アタシが惹かれたのは、あの商店街なんだよ!
 ネットはダメ。書籍もダメ。となると残る方法はひとつしかない。
 情報を集めるには、現地に下見に行くしかない!とね。
 2003年10月、こうしてアタシは「移住を見据えた情報収集のため」奄美大島に行くことにしたのです。
 
 しかしこの頃、奄美大島のことばかり考えていたわけではない。もうひとつ、今に繋がる重要なことを始めようとしていました。
 奄美大島に出発する6日前の10月18日にアタシは個人Webサイトを立ち上げた。サイトの名前は「yabuniramiJAPAN」。つまりココです。
 2001年頃くらいからずっと「ホームページとやらをやってみたいなぁ」と思ってたんだけど、クソみたいに忙しい会社だったし、そもそもどうやったらホームページが作れるのか、という<理屈>が何もわかってなかったんだから作りようがなかったんです。
 しかし会社のホームページを立ち上げるために無理矢理HTMLを覚えさせられたおかげで基礎が出来た。会社を辞めるのも決まっていたので時間も出来た。そして何より「ホームページを立ち上げて何をやるか」が明確になったことで本格的に動き出したのです。
 yabuniramiJAPANなるサイトを始めて何を書くか、それは野球のことでした。
 18年ぶりに優勝を決めた阪神タイガースのことを思う存分書きたい。やるなら今しかタイミングがない、というね、だから奄美大島出発前の慌ただしい時に急いで開設したのです。
 
 ということで後編に続く。   
 
後編