植田まさシンドローム
 影響を受けた漫画家と言われてね、第1位はもう両藤子不二雄に決まっているのですが、では第2位はとなると、意外にも植田まさしなんですな。

 4コマ漫画ってのは設定なぞあってないようなもので、そもそもストーリーが存在しないんだから設定も必要がない。発想を広げやすいように主要登場人物だけ決めておけば、あとのキャラクターなんかその時の都合でテキトーに決めちゃっても何の問題もないわけです。
 もちろん連載が長期化してね、作者にとって使い勝手のいいキャラクターが生まれて、結果的に登場人物が増えるってことはあるんだけど、それはあくまで結果論。んなもん、最初から登場人物の関係表を作る4コマ漫画なんかないし、そんなことをしたらつまらなくなるに決まってますから。

 植田まさしの漫画で言えば「かりあげクン」とかも、かりあげクンと課長と、あと社長くらいを決めておけば問題ない。マドンナ的女性や植田まさし特有の眼鏡が光ったかりあげクンのイタズラに加担する人物も出てきますが、彼らは都度、都合よく出てくれれば良いわけで、細かい設定はおろか名前すら必要ない。つか実際名前なんか毎回違うし。
 つまり植田まさしの漫画には基本世界観みたいなものはないんです。さすがに「コボちゃん」になると子供が主人公なので一緒には出来ませんが、サラリーマン物であれば「かりあげクン」でも「のんき君」でも「フリテンくん」でも「おたかぜ君」でも同じネタが使える。つか主人公の顔も記号でしかないので、これは「かりあげクン」という作品だからこの顔なのだ、くらいの理由しかないんですね。

 ただ、世界観は「とくに必要がない」というだけで、登場人物が増えたりするのと同じように、何となく世界観が生まれるケースもあったりします。
 アタシは植田まさし作品の中で「まさし君」が一番好きなのですが、「まさし君」はけして長期連載された、つまりどんどん新しいキャラクターが出てくるほどの長さではありませんでした。
 ところが比較的短い連載期間にもかかわらず、他の植田まさし作品にはない独自の世界観が構築されているんです。
 と言っても最初は別に世界観なんかなかった。主人公のまさし君は「バイトに励む大学生」という珍しい設定でこそあれど、結局は他の植田まさし作品の主人公同様「イタズラ好き」というテッパンの設定でギャグを作っている。
 他のサラリーマン物でいえば課長にあたる被害者役として同じアパートに住む先輩がいるけど、彼でさえ初期は名前が固定されていない。「図々しいが単細胞でまさし君のイタズラにすぐに引っかかる」以上の設定は何もなかったといって差し支えありません。

 ところが連載が進むにつれ、フシギな世界観が構築され出した。
 たぶん「まさし君」において主人公を大学生としたのは「様々なバイトをさせられる=職種を固定しなくていい」くらいの理由でしょう。
 サラリーマン物の場合、どうしても舞台がオフィスに限られてしまいギャグが作りにくい。でも職種を固定しなければギャグの幅が広がるんじゃないかと考えるのは当然です。
 今でこそフリーターなんて珍しくないけど、「まさし君」が連載された1980年代初頭なら大学生にするのが常套であり、しかしこの「大学生である」という設定がフシギな世界観を生む要因になったのです。

 大学ってのは今考えてもフシギなところでね、何というか大学生ってのは高校までとも、そして社会人とも「時間の流れ方が違う」んですよ。
 もちろん全員が全員そうとは言いません。短大なんかだと「人生で一番忙しい時間」みたいに言う人もいるし。
 しかし、4年制の大学に限ってなんだろうけど、本当に独特としか言いようがない、何て言えばいいのか、まるでループ物のように「永遠にこの瞬間が続くんじゃないか」みたいな、んで陽だまりのような桃源郷感があるんです。
 そうは言っても大学生は大学生なりに悩んだり壁にブチ当たったりしてるんだけど、それさえも桃源郷の中のイベントになってしまう。
 たぶんあんな時間の流れ方は二度と体験出来ないと思うし、そう思うだけでも大学に行って本当に良かったと思ってしまうんです。

 アタシは大学に行きたいなんて思ってなかったんです。それが一転行ってもいいかな、と思ったのは確実に「俺たちの旅」と「まさし君」の影響です。
 「俺たちの旅」はともかく、所詮4コマ漫画でしかない「まさし君」を読んで大学に行きたいと思ったなんて異常っぽいけど、後期の「まさし君」は「様々なバイトに精を出す」、つまり創作の構想の元となったことよりも、ループ感と桃源郷感といった大学生活に重きを置くようになってました。
 もしかしたらギャグ漫画としては弱くなったのかもしれない。しかし他の植田まさし作品にはない愛着を持ってしまう作品になったとも思うわけでね。

 アタシと植田まさしの出会いは「中一時代」でした。
 今はもうないけど、かつて旺文社から「中一時代」という学習雑誌が発売されててね。何でこんなもんを買ってたかというと、年間購読の予約をするとラジオが貰えたんです。てなわけで景品目当てに定期購読してたと。
 その「中一時代」に「フリテンくん」が連載されていたんですよ。ま、連載ったって再録だし、「フリテンくん」はもともと大人向け雑誌(つか麻雀雑誌)で連載されていたものなので、ソフトかつ麻雀要素のないものを寄り抜いた形でですが。
 しかし何でまた中学生向きの、しかも学習雑誌に大人向けの「フリテンくん」が連載されたのかというと、この頃ちょっとした「フリテンくん」ブームでね、何と映画化までされた。ちなみにフリテンくんの声をあてたのは近田春夫。うーん、何じゃこりゃ。未見だけど、観たいような観たくないような。

 それにしても「中一時代」掲載分はあまりにもソフトすぎて物足りなくなってきた。つか本屋に行けば普通に単行本は売ってるわけで、とうとうそれらに手を伸ばし始めたわけです。
 先述した通り、植田まさし作品は「タイトルこそ違えど、どの4コマ漫画がどの作品に掲載されても違和感がない」性質のものなので、「フリテンくん」に馴染んでしまえば「かりあげクン」でも「のんき君」でも、スッと馴染める。だから違和感なく他の植田まさし作品も手当たり次第読み始めたのです。
 中でも面白かったのは、まァ「まさし君」を別格とするなら、やっぱり「フリテンくん」で、と言うのも一応「フリテンくん」というタイトルで単行本としてまとめられているけど、主人公のフリテンくんが登場しない4コマもいっぱい入ってて、つかもっとはっきり言えば「キップくん」や「おたかぜ君」といった別作品も一緒くたになって収録されているんです。
 中には途中から定番になった「無人島1コマ」とか、ごく初期っつーか、植田まさしが4コマに専念する前に描かれたと覚しい4ページ物まで収録されていたりとか。
 「フリテンくん」は他の植田まさし作品に比べてもエロ要素が多いし、主人公も固定されてないし、もっとものびのび描いているようにも感じたしね。

 植田まさし作品の面白さを文章にするのは非常に難しい。というか4コマ漫画の宿命なんだけど、全部の4コマが笑えるなんてあり得ないわけです。
 だけれども、単行本1冊につき1本、必ずと言っていいレベルでひっくり返って笑えるものが入っている。と書くとその1本以外はつまらないのかと思われそうだけど、もちろんそんなことはない。つか邪魔な感じはしません。
 となると「トビキリの1本」がどれだけ面白いかにかかってるんだけど、その1本もね、誰が読んでも笑えるわけじゃないと思うんです。
 ただ、どうも、実にアタシの笑いのツボを上手く突いてくる。そこをそんなふうに押されちゃあ、笑わないわけがないよ、みたいな感じで。

 笑いってのはホント、人によってツボが違うんです。誰しもが同じように笑えるギャグとか絶対に存在しないし、他の人が読んでも流してしまう類いの4コマも、時にアタシにとって腹を抱えて笑えるものだったりする。
 ギャグ漫画家ってのは、いわばツボ師と同じなんですよ。一箇所、ピンポイントで、どれだけ上手くツボを突いてくれるか。そこがギャグ漫画家のお値打ちだと思う。
 そう考えるなら、植田まさしは名ツボ師なんですね。

 でもそれはあくまでアタシにとってはだけでね。
 「植田まさしってあのコボちゃんの作者でしょ?つまらないってほどじゃないかもしれないけど、そこまで、腹を抱えるほど笑えるわけじゃなくない?」と言われたら、まァ、そんな感じだよね、と答えるしかない。
 だけれどもアタシはこう付け加えたい。
 「でも、少なくともアタシにとっては、非常に優秀なツボ師だよ」と。


 (初稿 2004年4月17日更新「『まさし君』 のこと」・改稿 2018年6月25日)